大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)622号 判決

亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告

安藤和夫

被告

松若重治

主文

一  被告は、原告亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告安藤和夫に対し、金一二二〇万二〇九九円及びこれに対する昭和五七年三月一九日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告安藤和夫のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告安藤和夫の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告安藤和夫に対し、金四四六一万八五〇二円及びこれに対する昭和五七年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告安藤和夫の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告亡安藤末治郎訴訟承継人兼原告安藤和夫の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五七年三月一九日午前九時四〇分ころ

(二) 場所 名古屋市西区大野木二丁目二六四番地先路上

(三) 加害車両 大型貨物自動車(名古屋八八か四〇七九)

(四) 右運転手 被告

(五) 被害者 亡安藤末治郎(以下「亡末治郎」という。)

(六) 事故の態様 名古屋市西区比良方面と庄内橋方面とを結ぶ片側一車線の道路に新川中橋方面からの中央分離帯のない道路が交差する前記(二)所在の三叉路交差点(以下「本件交差点」という。)において、亡末治郎が、自転車を引いて、比良方面から庄内橋方面へ向かつて右交差点に進入しようとしたところ、新川中橋方面から右交差点に進入し、比良方面へ向かおうとして、右交差点内で右折途中の被告運転の加害車両前部が、亡末治郎及び右自転車前部と衝突し、よつて、亡末治郎は傷害を負つた。

2  責任原因

被告は、本件交差点で右折しようとする際に、右前方を注視し、右前方の車両及び歩行者の安全を確認する義務があるのに、過失によりこれを怠り、よつて亡末治郎に傷害を負わせたから、不法行為責任(民法七〇九条)を負う。

3  傷害及び治療経過等

(一) 傷害及び治療

亡末治郎は、頭部挫創、左前頭骨骨折、前額部顔面右外眥部挫創、高血圧症及び右小脳出血の傷害を負い、その治療のため桜井医院に昭和五七年三月一九日から同月二三日まで、社会保険中京病院(以下「中京病院」という。)に同月二三日から同年五月一〇日まで、上飯田第一病院に同年五月一一日から同年六月一七日まで、それぞれ入院(入院日数合計九一日間)し、同病院に同年六月一八日から同年一一月二五日まで通院した(実通院日数一五日)。

(二) 後遺障害

亡末治郎の右傷害は、昭和五九年二月二日に後遺障害として失禁状態、起居歩行困難及び痴呆症状が残存し、その改善が困難なことが確定的となつた。右後遺障害は、自動車損害賠償保障法二条別表の後遺障害等級第一級に相当した。

(三) 後遺障害の治療及び死亡

亡末治郎は、右後遺障害の治療のため、医療法人みどり会中央病院(以下「中央病院」という。)に昭和五九年二月二日から昭和六二年四月七日まで入院していたが、右後遺障害が悪化したため、東海病院に同年同月八日から入院していたところ、同年六月六日同病院で死亡した。

4  亡末治郎の損害

(一) 治療費(文書料を含む)

桜井病院 三六万〇五九〇円

中京病院 一二四万七六四〇円

上飯田第一病院 四六万八一五〇円

(二) 付添看護料(桜井病院・中京病院・上飯田第一病院入院中の分) 七五万四三一八円

(三) 入院雑費(昭和五七年三月一九日から同年六月一七日までの分) 九万一〇〇〇円

一〇〇〇円(日額)×九一日(入院日数)

(四) 入通院慰謝料 一五〇万円

入院期間九一日及び通院期間一六一日(通院実日数一五日)及びその後の自宅療養に関する慰謝料としては、金一五〇万円が相当である。

(五) 休業損害 五二〇万三〇七五円

事故時 満七二歳男子

右平均賃金 二七六万八四〇〇円

休業期間 六八六日

二七六万八四〇〇円÷三六五日×六八六日

(六) 後遺障害慰謝料 一五〇〇万円

後遺障害第一級相当の慰謝料としては、金一五〇〇万円が相当である。

(七) 後遺障害による逸失利益 九八六万六五七七円

症状改善が望めなくなつた時 満七三歳男子

右平均賃金 二七六万八四〇〇円

労働能力喪失率 一〇〇パーセント

就労可能年数 四年間

右ホフマン係数 三・五六四

二七六万八四〇〇円×一×三・五六四

(八) 後遺障害入院費用 一七八万五八五〇円

中央病院 一五七万五〇八〇円

東海病院 二一万〇七七〇円

(九) 後遺障害による付添看護料 七一万五五四〇円

職業付添人 一一九日間 七一万〇五四〇円

近親者付添 五〇〇〇円(日額)×一日

(一〇) 弁護士費用 四〇〇万円

5  原告安藤和夫の損害

(一) 慰謝料 五〇〇万円

原告安藤和夫(以下「原告和夫」という。)は、亡末治郎の長男であり、昭和四八年以降亡末治郎と同居し生活を共にしていた。

原告和夫は、本件事故により、亡末治郎が痴呆状態になつたため、精神的苦痛を受けると共に、亡末治郎の入院及びそれに伴う雑事に追われた。

原告和夫の右精神的損害を慰謝するには、金五〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 五〇万円

6  訴訟承継

(一) 亡末治郎は、本件訴訟中の前記3(三)の日時に死亡した。

原告和夫は亡末治郎の長男であり、伊藤富貴子は亡末治郎の長女であり、倉持直子は亡末治郎の二女であり、山田かず子は亡末治郎の三女であり、内藤ひろ子は亡末治郎の四女である。

他に亡末治郎の相続人はいない。

(二) 右相続人ら間において、昭和六二年七月二一日、原告和夫を本件訴訟における亡末治郎の訴訟承継人とする旨の遺産分割協議が成立した。

7  既払金 一八七万四二三八円

亡末治郎及び原告和夫は被告から金一八七万四二三八円の支払を受けた。

8  よつて原告亡末治郎訴訟承継人兼原告和夫は被告に対し本件事故に基づく損害賠償金四四六一万八五〇二円及びこれに対する本件事故日である昭和五七年三月一九日より支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実のうち、(六)の「亡末治郎が自転車を引いていた」事実は否認し、その余の事実を認める。

2  同第2項の事実は否認する。

3  同第3項の事実のうち、(一)の事実は認める。

同(二)の事実のうち本件事故と後遺障害との因果関係を否認する。その余の事実は知らない。

同(三)の事実は知らない。

4  請求原因第4項

(一) 同項(一)の事実のうち、桜井病院の治療費が三六万〇五九〇円である事実を認め、その余の事実は知らない。

(二) 同項(二)の事実は否認する。付添看護日数は八二日である。

(三) 同項(三)の事実のうち、入院日数の事実及び入院雑費の必要な事実は認め、その余の事実は否認する。

(四) 同項(四)の事実のうち、通院日数及び通院期間一六一日(通院実日数一五日)の事実を認め、その余の事実は否認する。

(五) 同項(五)の事実は否認する。平均賃金は六万円であり、休業期間は退院時までの九一日間と通院日数一五日の合計一〇六日である。

(六) 同項(六)ないし(一〇)の事実は否認する。

5  請求原因第5項の事実は否認する。本件の如き亡末治郎の身体侵害について、原告和夫が固有の慰謝料を請求することはできない。

三  抗弁

1  過失相殺

亡末治郎は、本件事故当時、自転車に乗つて登坂中、自車の前面路上のみを見て、前方を注視せず、左折するため道路の中央を走行していたところ、一時停止の標識を無視して、左折しようとしたものであるから、前方不注視、自転車通行方法義務違反及び一時停止違反の過失がある。

2  弁済

被告は、亡末治郎及び原告和夫に対し、次のとおり本件事故による損害賠償の内金として、金一九一万二五八三円を支払つた。

(一) 請求原因7の既払金 一八七万四二三八円

(二) 雑費 三万七八四五円

(三) 文書料 五〇〇円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実は、否認する。

2  同第2項の事実のうち、(一)の支払があつた事実は認め、その余の事実は知らない。

第三証拠

本件記録中の各書証目録及び各証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  交通事故の発生

請求原因第1項の事実については、事故態様に関する(六)の「亡末治郎が自転車を引いていた」事実を除き、当事者間に争いがない。

右争いのある事実につき判断するに、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、第二号証、第七号証、第一五号証ないし第二二号証及び被告本人尋問の結果を総合すれば、亡末治郎は、本件事故当時、自転車に乗つていたことが認められる。

2  責任原因

前記1の各証拠を総合すれば、被告は、本件交差点で右折しようとする際に、右前方を注視し、右前方の車両及びその乗員の安全を確認する義務があるのに、過失によりこれを怠り、よつて亡末治郎に傷害を負わせた事実が認められる。

3  傷害及び治療経過等

(一)  傷害及び治療経過

請求原因第3項(一)(傷害及び治療)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  後遺障害

同項(二)の後遺障害に関する事実につき判断する。

(1) 亡末治郎の症状

成立に争いのない甲第一一号証、乙第一三号証、証人後藤浩の証言及び弁論の全趣旨により原本が存在し真正に成立したと認められる甲第一八号証ないし第二一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五号証、甲第二二号証ないし第二八号証及び原告和夫の本人供述(第一回)を総合すれば、亡末治郎について、昭和五八年末ころより、尿失禁状態が発見され、昭和五九年二月ころ同人は、脳動脈硬化症、老年性又は多発性脳梗塞性痴呆症等の診断を受け、同年二月二日には失禁状態、起居歩行困難及び痴呆症状等が生じ、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し常に介護を要する状態となり、その改善が困難なことが確定的になつた事実(以下「本件後遺障害」という。)が認められる。

(2) 本件事故との因果関係

右本件後遺障害と本件事故との間の因果関係につき、以下判断する。

成立に争いのない乙第一〇号証、第二三号証の三、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一二号証ないし一七号証、乙第八号証、第九号証、第一一号証、第一二号証、前記(1)掲記の各証拠、前記証人後藤浩の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、亡末治郎は、本件交通事故に遭うまで、ほぼ正常な生活を送つていたこと、本件事故により頭部に骨折を伴う傷害を負つたこと、右治療のため入院中に右後頭葉脳血腫及び硬膜下水腫等の病変が認められ、中京病院で撮影された断層撮影写真には脳挫傷、右後頭葉の軟化巣中の出血及び脳室の拡大が見られること、右脳の器質的変化は本件事故の受傷部位からして、本件事故に起因する蓋然性が極めて高いこと、前記脳室の拡大は脳髄液の吸収障害により徐々に進行した可能性が高いこと、前記右後頭葉脳血腫がくも膜下腔に出血したことにより髄液の吸収機能が阻害され正常圧水頭症を起こすことはしばしば見られること、右水頭症及び軟化巣は脳器質的変化に起因する痴呆症を誘発すること、亡末治郎には痴呆症を発現させるべき内科的疾患(梅毒・腎臓障害等)や血液検査上の所見は認められないこと、前記正常圧水頭症では無症状期間をはさんで外見上の病状が現れるものであり、事故後一年八、九か月位後に痴呆症状が徐々に出てくる点に矛盾はなく、むしろ自然であること等が認められる。

右の事実及び前記(1)で認定した事実からは、本件事故による亡末治郎の頭部外傷と同人の痴呆症との間には、相当因果関係があると推認できる。

この点につき、前記乙第一三号証には、亡末治郎は高齢高血圧による多発性脳梗塞を既往症として負つており、右既往症が亡末治郎の痴呆症に寄与した旨の記載があるが、他方、本件事故と亡末治郎の痴呆症との因果関係を否定できない旨も断言しており、前記甲第一一号証及び証人後藤浩の証言(後記採用できない部分を除く)によれば、知能低下、歩行障害、尿失禁の発症程度は患者本人の自覚はもとより、同居の家族の認識如何によつては、徐々に発症する軽度の症候は見過ごされやすいことも又明らかであり、事故後一年八、九か月位たつてから原告和夫が亡末治郎の尿失禁に気がついたことも不自然でないこと等が認められる。したがつて、右相当因果関係の存在の推認を覆すべき証拠はないものと言わねばならない。

以上によれば、事故後約一年八、九か月たつた昭和五八年末ころからの亡末治郎の失禁状態、起居歩行困難等の痴呆症は、本件事故による後遺障害と認めることができる。

(3) 既往症の寄与の有無

被告は、本件後遺障害の発生について、亡末治郎の前記既往症が寄与している旨も主張しているので、この点につき判断するに、前記乙第一三号証、前記証人後藤浩の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故直後の亡末治郎の脳には多数の点状の低吸収域及び軽度脳萎縮が認められ、これらの脳の症状は亡末治郎が事故以前から高齢高血圧による脳循環障害及び若干の脳梗塞を発生させていたこと、右脳の症状は多発性脳梗塞性痴呆証を発生させる蓋然性が高いこと、正常圧水頭症を軽快させるのに有効なシヤント手術を亡末治郎に施術したが、術後右軽快を示す病歴の記載が認められないこと、重傷脳外傷は高齢者の痴呆状態(老人性痴呆症)を加速させることが医学的経験則上認められること、老人性痴呆症と亡末治郎の後遺症との因果関係は否定できないことが認められる。

右事実からは、本件後遺障害に、亡末治郎の高齢による既往症が寄与した事実を推認することができる(右推認に反する前記証人後藤浩の供述が一部存在するが、同証人の他の供述と比較検討すると右一部の供述は他の供述と矛盾し、右一部の供述の基礎となつた事実は限定された資料に基づく推測であるから採用できない)。

(4) 本件事故の寄与度

前記(1)ないし(3)で認定された事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、亡末治郎の本件後遺障害に対する、本件事故の寄与度は、五割と認めるのが相当である。

(三)  後遺症の治療

右の事実につき判断するに、前記甲第三三号証の一ないし三及び原告和夫の本人尋問の結果(第二回)によれば、亡末治郎が、前記痴呆症の増悪防止治療のため、中央病院に昭和五九年二月二日から昭和六二年四月八日まで入院していた事実、右痴呆症が悪化したため、東海病院に同年同月八日から入院していた事実及び同年六月六日同病院で死亡した事実が認められる。

4  亡末治郎の損害

(一)  治療費(文書料を含む)

以上認定事実及び成立に争いのない甲第六号証ないし第九号証及び弁論の全趣旨によれば、桜井病院における三六万〇五九〇円、中京病院における一二四万七六四〇円及び上飯田第一病院における四六万八一五〇円の各治療費及び文書料損害が、それぞれ生じた事実を認めるとことができる。

(二)  付添看護料

被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第一四号証、原告和夫の本人尋問の結果(第一回)によれば、亡末治郎は前記3(一)の入院期間中終始付添看護が必要であつた事実及び右付添看護料は七五万四三一八円である事実が認められる。

(三)  入院雑費

弁論の全趣旨より、前記3(一)の九一日間の入院日数に対する入院雑費としては、九万一〇〇〇円が相当であると認められる。

(四)  入通院慰謝料

前記3(一)認定の傷害の程度及び入通院経過、その他諸般の事情を総合すると、入通院慰謝料としては、金一五〇万円が相当であると認められる。

(五)  休業損害

(1) 成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証、第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五号証及び原告和夫の本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、亡末治郎は、明治四三年三月一一日生れの男子であり、本件事故直前には、昼間は自宅で車の部品のゴムの型抜きの仕事をし、夜はビル管理会社に雇われて近くのスーパーマーケツトの掃除をしていたこと、これらの仕事による亡末治郎の収入は月額約七万円(年額約八四万円)であつたこと、本件事故により、本件事故が発生した昭和五七年三月一九日から後遺障害の改善が困難であることが確定的となつた昭和五九年二月二日まで休業し、その間就労不能であつた事実が認められる。

なお、亡末治郎が上飯田第一病院への通院を中止した昭和五七年一一月二六日以降の休業損害については、亡末治郎の既往症の寄与が考えられるところ、本件後遺障害の進行に基づく休業損害についての本件事故の寄与度は前記のとおり五割と認めるのが相当である。

(2) したがつて本件事故日から昭和五七年一一月二五日まで(二五二日間)の本件事故と相当因果関係ある損害は次の計算により五七万九九四五円となる。

84万×252/365=57万9945(円)

(3) また昭和五七年一一月二六日から昭和五九年二月二日まで(一年六九日)の間の本件事故と相当因果関係ある休業損害は、次の計算により四九万九三九七円となる。

file_2.jpg£3 p=: 845 x 1X 05= 4979397)(4) 右(1)(2)の休業損害を合計すると一〇七万九三四二円となる。

(六)  後遺障害慰謝料

前記3(二)(1)で認定した亡末治郎の後遺障害の内容程度、同(4)で認定した本件事故の寄与度、その他諸般の事情を総合すると、亡末治郎の本件後遺障害に対する慰謝料としては金七五〇万円が相当であると認められる。

(七)  後遺障害による逸失利益

前記一3(二)及び(三)で認定した事実によれば、亡末治郎は、本件後遺障害の改善が困難であることが確定的となつた昭和五九年二月二日の後同人が死亡した昭和六二年六月六日までの約三年四か月間(なお同人の就労可能年数も約三年四か月と認められる)、本件事故による後遺障害の結果として、労働能力を一〇〇パーセント喪失していた事実及び亡末治郎の後遺障害に対する本件事故の寄与度は五割である事実が認められる。

三年四か月のホフマン式係数(月別)は約三六・九二四八である。

右事実に基づき計算すると、本件事故と相当因果関係ある亡末治郎の逸失利益は約金一二九万二三六八円と認められる。

7万×36.9248=258万4736

258万4736×0.5=129万2368(円)

(八)  後遺障害入院費用

右の事実につき判断するに、前記のとおり、本件後遺障害は失禁、歩行困難を伴い、痴呆症状を呈する重篤なものであり、原告和夫の本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認められる甲第三二号証、第三三号証の一ないし三、原告和夫の右供述及び弁論の全趣旨によれば、本件後遺障害の治療(増悪防止)に際し、中央病院において一五七万五〇八〇円及び東海病院において二一万〇七七〇円をそれぞれ治療費・入院費用として要した事実を認めることができる。右認定に反する証拠は全くない。

右の金額の合計一七八万五八五〇円に、本件事故の寄与度を乗ずると八九万二九二五円となる。

(九)  後遺障害による付添看護料

右の事実につき判断するに、原告和夫の本人尋問の結果(第二回)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第三四号証の一ないし一二及び弁論の全趣旨によれば、前記の如き重篤な本件後遺障害により、前記東海病院における亡末治郎の付添看護が特に必要だつた事実、本件後遺障害に対する付添看護料実費として一一九日間に七一万〇五四〇円かかつた事実及び近親者が一日付添看護をした事実を認めることができ、近親者の付添看護は一日につき三五〇〇円の損害とみるのが相当である。右認定に反する証拠はない。

右認定した付添看護料の総額七一万四〇四〇円に、本件事故の寄与度五割を乗ずると三五万七〇二〇円となる。

(一〇)  以上(一)ないし(九)の各損害を合計すると、亡末治郎の損害は一五五四万三三五三円であると認められる。

36万0590+124万7640+46万8150+75万4318+9万1000+150万+107万9342+750万+129万2368+89万2925+35万7020=1554万3353(円)

5  原告和夫の損害

慰謝料

右事実につき判断すると、原告和夫の本人供述(第一回、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告和夫は亡末治郎の長男であること、原告和夫は昭和四八年以降亡末治郎と同居し生活を共にしていたこと、原告和夫は、本件事故後、亡末治郎が前記のとおり痴呆状態になつたため、亡末治郎の入院及びそれに伴う雑事に追われたこと、及び原告和夫は、亡末治郎が痴呆状態になつたため、精神的苦痛を被つたことが認められる。

右原告和夫の精神的損害を慰謝するには、前記認定の事実の他、亡末治郎の年齢、亡末治郎が痴呆状態であつた期間、亡末治郎の痴呆状態に対する損害の填補、本件事故の右後遺障害に対する寄与度及び弁論の全趣旨を総合すれば、金一〇〇万円が相当と認められる。

右の点につき、被告は、本件のごとき身体侵害に適用されるものではない旨主張するが、前記のとおり、亡末治郎が痴呆状態になつたことと本件事故との間には相当因果関係が認められるのであるから、原告和夫は、亡末治郎が痴呆状態になつたことにより、同人の死に勝るとも劣らない苦痛を受けたことは十分推認できるものであり、民法第七一一条を類推すべき事情があるものと認められるから、右被告の主張は採用できない。

6  訴訟承継

右事実は本件記録より明らかである。

二  抗弁について

1  過失相殺

(一)  亡末治郎の過失

右の事実につき判断するに、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、第二号証、第七号証、第一五号証ないし第二二号証及び被告の本人尋問の結果を総合すれば、本件事故現場付近は歩車道の区別がなく、比良方面から本件交差点に進入する道路の左路側には一時停止の標識が設置されていたこと、亡末治郎は自転車に乗つて登坂中であり、左折をするため道路の中央寄りを歩行速度をやや上回る速度で走行していたこと、及び亡末治郎は前方を注視しておらず、一時停止の標識を無視して左折しようとしたことが認められる。

以上のとおり、亡末治郎は、道路左端を走行せず、前方の注視を怠り、一時停止の標識を無視して自転車で走行しているのであつて、仮に道路の左端を走行し、一時停止の措置をとつておれば、被告車との衝突を回避できる可能性があつたと推認できるから、この点において亡末治郎には安全に自転車で走行する義務を怠つた過失があるというべきである。

(二)  亡末治郎の損害分

前記認定の本件事故態様、亡末治郎と被告の過失の程度等諸般の事情を考慮すると、亡末治郎の損害について二割の過失相殺をするのが相当である。

(三)  原告和夫の固有損害分

被告は、右損害の発生について争つており、且つ亡末治郎の過失相殺を主張しているのであるから、右損害についても、亡末治郎の過失を被害者側の過失として主張する趣旨であると認められるところ、この点につき判断するに、前記のとおり、右損害と亡末治郎の過失との間には相当因果関係があること、原告和夫は亡末治郎の息子であり、亡末治郎と同居し、生活を共にしていたこと等によれば、亡末治郎の過失を被害者側の過失として斟酌できるところ、原告和夫の被つた固有損害についても前記二割の過失相殺をするのが相当である。

2  弁済

抗弁第2項の亡末治郎の被つた損害に対する内金弁済の事実のうち、(一)の既払金(請求原因7と同じ)の事実は当事者間に争いがない。

その余の弁済の事実につき判断するに、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、抗弁第2項(二)の雑費及び(三)の文書料を被告が支払つた事実を認めることができる。

3  以上によれば、抗弁の各事実は右認定の限度で理由があるから、前記一4(一〇)の金額一五五四万三三五三円につき右記1の二割の過失相殺をした後、これから右2の内払金一九一万二五八三円を控除すると、残額は一〇五二万二〇九九円となり、前記一5の損害金一〇〇万円につき二割の過失相殺をすると八〇万円となる。

4  弁論の全趣旨によれば、亡末治郎及び原告亡末治郎訴訟承継人兼原告和夫は本件事故に基づく損害賠償請求のため弁護士に訴訟代理を委任し、相当額の報酬を支払うことを約したことが認められる。

本件事案の難易、請求認容額、その他諸般の事情(不法行為時からその支払時までの間に生ずべき中間利息を不当に利得させないことを含む)を総合すると本件事故と相当因果関係ある弁護士費用は合計金八八万円(亡末治郎分八〇万円、原告和夫分八万円)と認めるのが相当である。

5  右3、4の各損害を合計すると原告亡末治郎訴訟承継人兼原告和夫は被告に対し金一二二〇万二〇九九円の損害賠償請求をなしうることとなる。

1052万2099+80万+88万=1220万2099(円)

三  以上の次第で原告亡末治郎訴訟承継人兼原告和夫の本訴請求は被告に対し本件事故に基づく損害賠償金一二二〇万二〇九九円及びこれに対する本件事故日である昭和五七年三月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 神沢昌克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例